夜中布団の中で考えること

夜中に寝れなくなった時に考えたことをぽつぽつと書いていきます。専らやらなければならないことのメモ。

冠婚葬祭

夜中布団の中で考えること、というテーマではてブロに登録したわけですが…既に五時。
夜中どころか明け方になってしまいましたが、お日様が出るまで今は布団の中に居させてもらいたい。

冠婚葬祭…私はあまりこの類のものに縁があるわけではなかったが、今月の15日には結婚式、19日には斎場に赴くこととなり生活がたいへん慌ただしかった。

15日の結婚式は終わってしまえばそれまで、しかし葬儀の件については他人事ではなかった。

18日の深夜、私の父が亡くなった。
こういうことについての書き方の知識も少ない為、どのように書けばいいのかもよくわかっていない。
享年七十五歳、入院先での病没だった。

父とは生前一般的な過程における、良好な関係では無かった。
私は父のいろいろな部分に納得が行かず、自分が自立した後に搾取されることを恐れて逃げていた為だ。
今回連絡があったときも、お金の無心や身の回りの世話を恐れた。

最初の一報は17日の朝。危篤の知らせではなく、病状が不安定の為今後連絡を取れるようにしておきたいという病院からの打診だった。
実子の縁というものは夫婦と違い、切ることはほぼ不可能だった。夫との相談の末、最期を迎える前に後悔しないように孫を見せに行こうと結論を出した。
次の休みに3時間ほどかけて病院に行き、今後への覚悟を決める予定だった。

危篤の知らせが届いたのは18日に日付けが変わった深夜2時過ぎ。
夫がいつもより帰りが遅い日だった。

最初の一報を軽く見ていたというか、過去何度も命に別条無しの連絡で病院に呼び出されていた私にとって、この危篤の知らせは予想外のことだった。

子供を寝かしつけた後、離乳食のまとめ作りなどをして夫の帰りを待っていたので何も準備ができていない。
夫もまだ帰らない、義父の危篤で会社に連絡して良いかも分からない、慶弔でどれだけ休めるかもわからないし、もし持ち直したら?最悪の場合が起きたら私が喪主?葬儀の費用や現住所の手続きも全部私の責任?お墓は本人が縁無しの為入れる場所もない、今から0歳9ヵ月の乳児を連れて深夜の3時間ドライブ、しかも運転手は仕事終わりで疲れきっている夫か、父の危篤で正直動転している私か。
とにかく挙げきれないほどの負担がその時点で発生したのを感じた。
思考がまとまらないまま部屋をうろうろした。
昔から考えがまとまらないときは部屋をうろつくタイプだった。
ちなみに電話をしているときも同じだ。

結局、2時を少し回ったところで夫が帰宅するまで混乱は続いた。
肉親の死は思った以上に自分への負担が大きいものだった。

疲れたので休憩。